札幌高等裁判所 昭和41年(ラ)15号 決定 1966年7月04日
抗告人
東京共栄商事株式会社
右代表者
山口諭
右代理人
山崎武三郎
主文
本件抗告を却下する。
理由
抗告人は「原決定を取り消す。本件債権差押ならびに転付命令申請事件を東京地方裁判所に移送する。」との裁判を求めて本件抗告に及んだもので、その抗告の理由は別紙のとおりである。
按ずるに、民事訴訟法第五九五条、第五六三条によれば、債権差押命令についての執行裁判所は債務者の普通裁判籍を有する他の地方裁判所とされ、しかもその裁判籍は専属であるところ、同法第二七条により、専属管轄の定めのある場合は同法第九条の事務所営業所所在地の特別裁判籍の規定は適用されないのであつて、本件の債務者たる抗告人の住所が東京都中央に存することは本件記録中の商業登記簿謄本により明らかであるから、その支店が札幌市に存在すると否とに拘わらず、札幌地方裁判所の発した本件債権差押ならびに転付命令は専属管轄に違背するものといわなければならない。
しかしながら執行裁判所が利害関係人を審尋しないでなした執行処分たる決定に関しては、これに異議ある利害関係人は先ず民事訴訟法第五四四条第一項により異議の申立をなし、これにより執行裁判所の判断を経たうえ、その裁判に対し不服がある場合に同法第五五八条により即時抗告をなすべきものである(大審院昭和六年三月二五日決定、大審院民事裁判例集一〇巻二号八八頁参照)。けだし同法第五五八条により即時抗告をなすことができるのは裁判の性質を有するものに限るのであり、たとえ決定の形式によるものであつても、前記のように強制執行の方法たる処分は同法五五八条の対象とならないと解するのを相当とするからである。
すなわち、本件は抗告としては不適法であるが、なお、民事訴訟法五四四条第一項による異議として取り扱う余地があるならば、同法第三〇条により、これを札幌地方裁判所に移送する処理も考え得られないではない。しかしながら本件差押ならびに転付命令が昭和四一年二月一二日第三債務者に、同年二月一六日債務者たる抗告人に、それぞれ送達されたことは本件記録編綴の各送達報告書により明らかであるところ、差押ならびに転付命令が第三債務者および債務者に適法に送達されたのちは債務者は債務の弁済をなしたものとみなされ、債務者は債権の満足を得て強制執行の目的を達し、執行手続こはれによつて完結したものというべきであり、異議は管轄権を有しない裁判所の発した命令に対するものであつても、執行手続の進行中に限り許され、強制執行の終了後においてはこれを主張することが許されないものである(大審院大正五年一〇月一一日決定、大審院民事判決録二二輯一五三五頁参照)。けだし裁判所の土地管轄は審理の便宜にもとづく裁判所間の事務分配を定めるものにすぎず、それが専属管轄である場合でも、単に当事者の自由処分を許さないのみであつて裁判所自体に優劣を認めるものではないから、土地管轄を有しない裁判所の発した決定であつても、いやしくもその裁判所が事物の管轄を有する同等の裁判所である以上その内容に即した効力を生じ、それが当然に無効となるようなことはあり得ないがゆえである。そうすると本件を民事訴訟法第五四四条第一項の異議として取り扱う意義も既に存在しないものといわなければならない。よつて本件抗告は不適法として却下することとし、主文のとおり決定する。(伊藤淳吉 田中恒朗 島田礼介)
抗告の理由
一、民事訴訟法第五九五条第一項は「執行裁判所トシテハ債務者ノ普通裁判籍ヲ有スル地ノ地方裁判所、此地方裁判所ナキトキハ差押フヘキ債権ノ所在地ヲ管轄スル地方裁判所管轄ヲ有ス」と規定している。
二、本件においては、債務者即ち抗告人が普通裁判籍を有する地の地方裁判所は、その本店即ち主たる事務所が「東京都中央区内」であるから東京地方裁判所であり、債務者の普通裁判籍を有する地方裁判所が有る限り、本件差押ふべき債権の所在地を管轄する地方裁判所即ち札幌地方裁判所には本件債権差押並びに転付命令申請事件につき、管轄権がないこと明らかである。そして、右民事訴訟法第五九五条の管轄は同法第五六三条により専属管轄であることこれまた明瞭である。
三、従つて、原決定は専属管轄違背の違法があり、速かにこれを取り消し、本件債権差押並びに転付命令申請事件をこれにつき専属管轄を有する東京地方裁判所に移送すべきであるから、抗告人は本件抗告に及んだ次第である。